高齢者の親子を見ていて、幾度となく目にする光景がある。

記憶が衰えていく親に、子供は質問する。頭に刺激をと思うのだろう、「お母さんこれ覚えている?」「お父さんあれなんて言うのだっけ?」次々と質問するけれど、親は子供の期待に応えられない。そのうちに子供の方は、イライラして「そんなんではだめだ」「しっかりせい」みたいなセリフで完結する。だめだというボールを渡されたまま、親は黙って下を向く。

私もかつではそうだったな。子供は愛の鞭のつもりかもしれないが、自分の脳が衰えていくさまを違う脳で感じている高齢者の気持ちなど解るまい。以前NHKで介護のプロフェッショナルの先生が「介護はファンタジー」と言った。それが実感できるのは子供が親の状態を受け入れることが出来た時だと思う。諦めではない、受け入れだと思う。

「ママ、何もかも覚えていなくていい。楽しかったことだけ覚えていればそれでいい」病院の母を前に何度も自分にそう言い聞かせる。母の人生はこれからもまだあるのである。